ブログ2017

可愛い赤ちゃんについて書き残しておこうと思いながら、生まれて1年と2ヶ月が過ぎた。
もはや赤ちゃんではなくなろうとしている。

赤ちゃんはとてつもなくかわいい。
かわいいだけじゃなく、いくら眺めてても飽きない。面白い。
人間の形してるけどびっくりするくらい小さいし、言動は犬のようでもある。
表情は不規則にコロコロ変わる。
一緒に横で寝ているのを見て、なんなんだこれは??と毎回思う。
自分は末っ子で親戚付き合いもほぼなかったから、生身の赤子と触れ合うのは全く初めてで、それゆえ全てが新鮮に映るのだろう。

思えば子供を産むって、結構エゴなのではと思う。
こんなようわからん、秩序だらけの世界に呼び出したりなんかして。
結婚したら子を産むものとか国のために生めや増やせやって風潮、なくなれ。
それはともかく、せっかく来てくれたのだから、おもいっきり人生を謳歌してもらいたい、そのために必要なサバイブ術や楽しみ方を一緒に身につけていきましょう!という心持ちなのである。
そしてその一方で、日々の成長の分だけ無邪気さが失われていくのを惜しみながら見届けていくのである。

以下、子供が生まれてからの変化や思ったことについて。

死を意識するようになった

巨大な生のインパクトの反動か、リアルに死を意識することが増えた。
特に子供が生まれる前後は、
 もし今自分が死んだら…
    →(シミュレーション)
       →いやまだ死ぬわけにはいかん
          →横断歩道めっちゃ気をつける
ていう思考パターンになってた。
(そのうち、妻が死んだら、子供が死んだら、に発展する)
あと、生まれる前にマンション買ったのだけど、住宅ローン組む際にいわゆる団信というのに入って、それによってもし借主(自分)が死んじゃった場合には、ローンが全額免除になるっていうやつで。
俺の命はマンション一室分かあ〜とか。
して最終的には、よっしゃ、エンディングノート、書いとこ!に至る。
でも実際、いつ死ぬかほんとにわからないし。
万一に備えて連絡先や自分の口座、保険証書の在処くらいは、整理しておいた方がいいと思う。

街には子供があふれている

正直、自分に子供ができるまでは、全く子供に興味がなかった。
それがいざ子供が生まれてみると、電車で、スーパーで、道端で、世の中にはこんなに子供がいたのかと気づき驚いたものだ。
それまで、視界にすら入ってなかったようだ。
以降、電車で見かけた赤ちゃんの月齢を推測したり、児童館に行ったときに他の子にもわりと愛想よくしたり(ただし幼児only)、それくらいにはなった。

ちょっと逸れるけど、Web上の子育てネタも山のようにあることも知った。
Twitterの育児ネタ見るの結構好き。
が自分の中で代表格。

予備校生のようなストイックな毎日

当然のことながら、子供の生活リズムに合わせざるを得なくなった。
結局真に自由な時間というのは子供が寝静まる21時頃以降で、
世のパパママはこのゴールデンタイムをいかに有効に使うかに腐心しているのである。
そんなわけで、仕事、子供の世話、家事でほとんど1日が終わる。
もうそれは覚悟の上でだいたいのことはあきらめてるので、
ああ今日も何もできなかったと悔やむことはあまりなく、赤ちゃんと遊べたからいい一日でしたと締めくくれるので、自分すごいと思う。
なんとなくこの生活、浪人時代に似てると思うことがあって、
当時は朝から予備校に行ってフルで講義受けてそのあと自習室で勉強して20時くらいに家帰ってご飯食べて21時からミュージックスクエア聴きながら勉強して23時には寝る、という完全なルーチン。
こういう、他のことは考えず決まった枠組みに従って毎日回していくのが好きみたいだ。
でもそれ受験では通用しても、変化の激しい今の状況にあってはいつかボロが出そうだから自分に警告しておく。


Eテレ、いつもお世話になっております


マジでお世話になっております。
というか、よくあんな次から次へと手を替え品を替えアニメやら人形劇やら動物やらキャラクターやら提供できるもんだな。
しかも日替わりで。
制作サイド、ブラックいっちゃってない??大丈夫??
子供相手に毎回律儀に作ることないよ、バンバン使い回してくださいよ、頼みます!



こんなことだらだら書いてたからか、子供が熱出した。